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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)133号 判決

ドイツ連邦共和国デー77761 シルタッハ

ヴェルシュドルフ 220

原告

ベーベーエス クラフトファールツォイグテクニク アクチェンゲゼルシャフト

代表者代表取締役

エバルト ガイゼルブレヒト

訴訟代理人弁護士

安原正之

佐藤治隆

小林郁夫

同弁理士

安原正義

奈良県奈良市杉ケ町35番地

被告

株式会社クリムソン

代表者代表取締役

西田亘雄

訴訟代理人弁理士

水野尚

横山浩治

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

事実

第1  当事者が求める裁判

1  原告

「特許庁が昭和62年審判第9387号事件について平成7年1月23日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  原告の請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告(審判被請求人)は、意匠に係る物品を「自動車用ホイール」とする別紙図面A記載の登録第677072号意匠(1983年7月21日ドイツ連邦共和国においてした出願に基づく優先権を主張して昭和59年1月20日意匠登録出願(昭和59年意匠登録願第1845号)、昭和61年1月31日意匠権設定登録。以下、「本件意匠」という。)の意匠権者である。

被告(審判請求人)は昭和62年5月28日、本件意匠の登録を無効にすることについて審判を請求し、昭和62年審判第9387号事件として審理された結果、平成7年1月23日、「登録第677072号意匠の登録を無効とする。」との審決がなされ、その謄本は同年2月27日原告に送達された。なお、原告のための出訴期間として、90日が附加された。

2  審決の理由の要点

別紙審決写しのとおり。なお、本判決においては、審決が引用した株式会社山海堂昭和55年11月1日発行「auto technic」1980年11月号3頁(以下「引用例」という。)の最上段の写真版に現わされた自動車用ホイールの意匠(審決の引用意匠Ⅲ。別紙図面B参照)を、単に「引用意匠」という。

3  審決の取消事由

審決は、引用例に記載された1葉の斜視図(写真)のみでは特定できない引用意匠の基本的および具体的構成態様を認定して、本件意匠との類否を判断したものであり、また、本件意匠および引用意匠の態様の認定を誤り、かつ、差異点の判断を誤って、本件意匠は引用意匠に類似すると誤って判断したものであり、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  引用意匠の特定の誤り

引用例はレーシングカーを撮影した写真1葉であるが、引用意匠の態様は、引用例のみから特定されなければならない。

しかるに、引用例はレーシングカーを見せるための写真であるため、撮影角度がかなり強く斜めに傾いており、左前輪のタイヤに装着されている自動車用ホイールは、その一部のみが露出した状態で撮影されている。したがって、引用例は自動車用ホイールの意匠を正確に認識させるには不適切なものであって、リム部の表面および裏面の形状が不明であり、ディスク部の正面の形状も明らかでない。

にもかかわらず、審決は、「リム部の内側(リム部は前、後に分離)」(22頁20行ないし23頁初行)、「リム部がその前後端縁部を段状の円板状に出張らせた全体が略多段状の短円筒状のものである。」(23頁17ないし19行)、「ディスク部は1枚の分厚い円盤において」(24頁5、6行)としているが、このような特定は、引用例のみではすることができない。

さらに、審決は、「一般にこの種意匠の属する分野において、その主たる創作の対象となるのはディスク部であり、このディスク部について本件登録意匠のものは、ハブ部とその外周のスポーク部とからなる、いわゆるメッシュタイプのもので、この場合メッシュ状の態様が意匠の主題となる」(27頁16行ないし28頁2行)とするが、引用例のように急角度の斜視図のみでは、ディスク部について意匠相互の差異は判別できない。

しかるに、審決は、引用意匠の「ディスク部は(中略)その広幅の外周寄り付近一帯に、ハブ部側より外周環状枠部側にかけて、浮彫状から透彫状に至る態様」(24頁5行ないし8行)であるとし、かつ、「一定の規則性をもって繰り返す多数の略角形(三角形状又は菱形状)透孔を一連に設け」(同頁8ないし10行)と特定しているが、引用例のみでは、ハブ部内側が浮彫か透彫か、透孔が菱形か否かは明らかにできない。

この点について、被告は、引用意匠は本件意匠の新規性を判断できる程度に現されておればよく、特別の事情がない限り同種の自動車用ホイールから推認するのが相当であると主張する。この主張は、引用例のみでは引用意匠を特定できないことを意味するものであり、かつ、同種の自動車用ホイールから審決が認定しているような態様が推認できるとはいえない。

以上のように、審決は、意匠に係る物品の一部のみが撮影されている急傾斜の斜視図であって、細部の形状も特定しがたい一葉の写真に基づいて、引用意匠を特定している。このような審決の引用意匠の特定は、予断推測に基づくものであり、違法である。

(2)  類否判断の誤り

本件意匠および引用意匠の基本的構成態様ならびに具体的構成態様が、下記の点を除いて審決認定のとおりであることは認める。しかしながら、審決は、下記の点において本件意匠および引用意匠の具体的構成態様の認定を誤っており、また、その認定した差異点の判断も誤っている。

〈1〉 本件意匠の具体的構成態様の認定の誤り

審決は、本件意匠のディスク部のスポーク部の態様を、「略「X字並び」」(18頁末行)と認定している。しかしながら、本件意匠のスポーク部に表されている「X」字の交差部は、引用意匠のそれが点であるのに対して特徴のある重複状であるから、本件意匠のスポーク部の態様を単なる「X」字と特定するのは妥当でない。

また、本件意匠のディスク部に表されている透孔は洋梨形というべきであるから、これを「略角形(三角形状又は菱形状)」とした審決の認定(同頁17、18行)も誤りである。

そして、スポーク部がメッシュ状に構成されている自動車用ホイールにおいては、メッシュの基本をなす直線の交差状態と、それにより作り出される透孔の形状が看者の注意を引く要素の1つであり、本件意匠と引用意匠は、これらの部分の具体的構成態様の差異によって、同じメッシュタイプではあるが大きく異なる美感を起こさせるものである。

したがって、本件意匠のスポーク部の態様が「略「X字並び」」、ディスク部に表されている透孔の態様が「略角形(三角形状又は菱形状)」であるという前提のもとに引用意匠と対比し、「この点は引用意匠Ⅲの態様と軌を一にし(中略)共通する。」(28頁13、14行」とした審決の判断は、誤りである。

〈2〉 引用意匠の態様の認定の誤り

引用例が、レーシングカーの左前輪のタイヤに装着された自動車用ホイールを急角度から斜視した写真1葉であって、引用意匠の特定に不適切なものであることは前述のとおりであるが、仮にこれによって引用意匠を特定しうるとしても、そのリム部の態様、並びに、ディスク部のハブ部側および透孔の具体的構成態様は、全く不明である。

したがって、前述のように、引用意匠の基本的構成態様のうち、リム部が前後に分離するものであること、具体的構成態様のうち、リム部が前後端縁部を段状の円板状に出張らせた全体が略多段状の短円筒状のものであること、及びディスク部が一枚の分厚い円盤であって、そのハブ部側が浮彫状であり、透孔は略三角形状または菱形状であることを認定し、これを前提として本件意匠との類否を判断した審決は、誤りである。

〈3〉 差異点の判断の誤り

審決は、本件意匠と引用意匠は、「〈1〉ハブ部カバーの有無、〈2〉ハブ部分の中心付近の態様の差異、すなわち、前者がセンターキャップにより該部をまとめて表しているのに、後者は該部の環状凹状部分に突出した車軸側ボルトに座金とナットにより螺着し、その構造を直接表している点、〈3〉ボルト等の固定具の配置間隔の大小、〈4〉スポーク部の基部の小突略「V」字状の窪みの底部側をやや尖らせたかどうかにおいて差異があるが、他は共通する」(27頁3ないし11行)とし、本件意匠の「メッシュ状を全体としてみると、ディスク部の広幅の外周寄り付近一帯に、ハブ部側より外周環状枠部側にかけて、浮彫状から透彫状に至る態様(手段による)に一定の規則性をもって繰り返す多数の略角形(三角形状又は菱形状)透孔を一連に設け、該部について(「地」と「図」の関係も働き)、この透孔の部分を主体に全体に略「X字並び」の大径広幅環状体(帯)を呈する骨格のスポーク部に現した具体的態様がその特徴といえ、この点は引用意匠Ⅲの態様と軌を一にし上記認定のとおり共通する。さらにその詳細な態様においても、引用意匠Ⅲとは前記差異点〈4〉として指摘した部分を除いては同様の態様を呈するものであるが、その差異点〈4〉は極めて局部的であるから、両意匠の特徴は略一致すると言うことができる。」(28頁4ないし19行)と判断している。

しかしながら、審決が本件意匠と引用意匠の共通点とした態様(すなわち、スポーク部のメッシュ状の具体的構成態様)において共通している自動車用ホイールの意匠は、下記のように数多くのものが、相互に非類似であるとして、意匠登録がなされている。

甲第4号証 意匠登録第448335号公報

甲第5号証 意匠登録第559245号公報

甲第6号証 意匠登録第559245号の類似1公報

甲第7号証 意匠登録第559245号の類似2公報

甲第8号証 意匠登録第604909号公報

甲第9号証 意匠登録第675094号公報

甲第10号証 意匠登録第682633号の類似1公報

甲第11号証 意匠登録第686531号の類似1公報

甲第12号証 意匠登録第686532号公報

甲第13号証 意匠登録第736655号公報

甲第14号証 意匠登録第747973号公報

甲第15号証 意匠登録第752608号公報

甲第16号証 意匠登録第757527号公報

甲第17号証 意匠登録第773035号公報

甲第18号証 意匠登録第807904号公報

甲第19号証 意匠登録第834008号公報

甲第20号証 意匠登録第835020号公報

甲第21号証 意匠登録第835660号公報

甲第22号証 意匠登録第835660号の類似1公報

甲第23号証 意匠登録第882292号公報

甲第24号証 意匠登録第882885号公報

甲第25号証 意匠登録第882885号の類似1公報

甲第26号証 意匠登録第883802号公報

甲第27号証 意匠登録第887486号公報

甲第28号証 意匠登録第897728号公報

甲第29号証 意匠登録第897728号の類似1公報

したがって、自動車用ホイールに係る意匠については、より細部の差異が意匠全体の美感に影響を与えるものとして類否判断をしなければならないから、スポーク部がメッシュ状に構成されていることのみをもって、本件意匠は引用意匠に類似するとした審決の判断は、誤りである。

この点について、被告は、原告が平成6年10月11日に意匠登録を受けた本件意匠の類似1ないし4の意匠と本件意匠との差異は、原告主張の本件意匠と引用意匠との差異点より著しいと主張する。しかしながら、類似意匠の登録要件の存否は類似意匠登録出願の時を基準として判断されるのであるから、本件意匠の登録無効事由の有無を、本件意匠とその後に登録された類似意匠との差異と比較して論ずることは失当である。

さらに、審決は、その認定した差異点について、「両者に上記の差異があるにかかわらず、意匠全体として観察するとその共通点がこれを凌駕し、両者は全体として類似する。」(31頁12ないし14行)と判断している。

しかしながら、上記のとおり、自動車用ホイールに係る意匠においてはより細部の差異が意匠全体の美感に影響を与えるのであって、前記の各差異点は意匠全体を非類似とさせる差異であるから、審決の上記判断は誤りである。特に、本件意匠は、リム部前方の内周縁端付近に34個ものボルトを環状に配設したことによって極めて斬新な美感を出しているが、この構成は看者が一見してすぐ気が付くことである。これに対し、引用意匠にみられるボルトは10個程度であるし、本件意匠の登録出願当時、本件意匠のように多くのボルトを配設した自動車用ホイールの意匠は知られていなかったのであるから、差異点〈3〉についての審決の判断は、明らかに誤りである。

〈4〉 以上のとおり、多数のボルトを周囲に配列し、独特のメッシュを有し、しかも中央に大きな六角形のセンターキャップを配置した自動車用ホイールの意匠は、本件意匠の登録出願前に存在しなかったことは明らかであって、本件意匠は十分に新規性を有するものである。

第3  請求原因の認否および被告の主張

1  請求原因1(特許庁における手続きの経緯)および2(審決の理由の要点)は認めるが、3(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

2  引用意匠の特定について

原告は、引用例はレーシングカーを見せるための写真であり、自動車用ホイールの意匠を正確に認識させるには不適切なものであって、引用例にみられる自動車用ホイールはリム部の表面および裏面の形状が不明であるし、ディスク部の正面の形状も明らかでないから、このような引用例に基づいて引用意匠を特定した審決は違法であると主張する。

しかしながら、引用意匠は、本件意匠の新規性を判断するに足りる程度に現わされておればよいのであるし、そもそも意匠は全体的なまとまりとして把握されるべきものであるから、個々の構成態様が極めて高度な正確性をもってなされる必要はない。また、引用意匠の態様は、特別の事情がない限り、引用例の記載に基づいて同種の自動車用ホイールから推認するのが相当であるから、審決の引用意匠の特定は妥当なものである。

すなわち、自動車用ホイールの基本的構成は1ピース、2ピースおよび3ピースの3タイプであるが、引用意匠を現わしている自動車用ホイールは、レーシングカーのタイヤに装着され、ボルトなどの固定具がリム部前方の内周縁端部付近の環状縁に沿って配設されているので、審決は、社会通念に従ってこれを3ピースの構成のものと認定して、リム部が前後に分離するものであり、その前後端縁部を段状の円板状に出張らせた全体が略多段状の短円筒状のものであること、ディスク部は1枚の分厚い円盤であることを特定しているのである。なお、仮に引用意匠を現わしている自動車用ホイールが2ピースのものであるとしても、審決は、「ディスク部におけるメッシュ状の具体的態様のみならず、ディスク部の他部との関係において奏するこの詳細な態様」(31頁7ないし9行)が類否を支配的に左右する要部としているのであるから、上記の点が類否判断の結論に影響を与えるとはとうてい考えられない。

また、原告は、引用例のように急角度の斜視図のみではディスク部のハブ部内側が浮彫か透彫か、透孔が菱形か否かは明らかにできないと主張する。

しかしながら、引用例程度の傾斜角度の斜視図は、甲号各証の意匠公報に記載されている斜視図からも明らかなとおり、意匠の特徴を開示する場合に極めて一般的に用いられるものであって、主要な構成態様を把握認識できる視認角度であるから、意匠を比較する資料として適当なものであることは論ずるまでもない。そして、この角度で作成された斜視図は、一般に、突出部は明調子、凹陥部は中間調子、奥行きのある透孔部は暗調子として表現されるのが常態であるから、引用例を原本によって精査すれば、審決において「ハブ部の細幅の外周縁付近に沿って外周側に向かって小突の略逆「V」字状(底部側をやや尖らせた[三角形状])の小さな窪みを(縁端内側に)環状並列に設けて、ハブ部の細幅の外周縁付近を一連の小突略逆「V」字状の太い隆起線状を浮彫状に現し」(25頁10ないし15行)と認定されているとおり、ディスク部のハブ部内側は明らかに小さな窪みであり、それによって強調された一連の小突略逆「V」字状の太い隆起線は、ディスク部周面が緩やかな球曲面状で後退(裏側へ向かって)していることから、同部分が浮彫状に視認できるものである。また、引用例を精査すると、引用意匠における透孔は、4辺の長さが等しい菱形ではないが、ハブ部側の2辺が外周環状枠部側の2辺より短い変形菱形状を呈していることを認めることができる。

以上のとおりであるから、本件の引用例が意匠法3条1項2号の刊行物に該当することは明らかであって、審決の引用意匠の特定は違法であるとする原告の主張は理由がない。

2  類否判断について

(1)  本件意匠の態様の認定について

原告は、本件意匠のスポーク部に表されている「X」字の交差部は特徴のある重複状であるから、これを単なる「X」字と特定するのは妥当でないと主張する。

確かに、本件意匠の「X」字の交差部は、周縁各角部がいずれも稜角でなく小弧状に形成されており、引用意匠の「X」字の交差部の態様とは異なっている。しかしながら、このような「X」字の交差部の態様は、前掲甲第8、第13、第14、第16号証、第20ないし第22号証、第27ないし第29号証にみられるように極めて一般的なものであるから、本件意匠のスポーク部が表す態様を「X」字と特定した審決に誤りはない。そして、本件意匠の「X」字の交差部の態様と引用意匠のそれとの差異は微差であって、「X」字状の基調に変化を与える程のものではなく、両意匠の類否判断に影響を及ぼさないから、これに言及しなかった審決に違法はない。

また、原告は、本件意匠のディスク部に表されている透孔は洋梨形というべきであるから、これを「略角形(三角形状又は菱形状)」とした審決の認定も誤りであると主張する。

確かに、本件意匠の透孔は、各角部がいずれも小弧状に形成されているが、菱形という概念を逸脱するほどのものではない。そして、本件意匠の透孔も、ハブ部側の2辺が外周環状枠部側の2辺より短い点において引用意匠の透孔と共通しており、両意匠の透孔の態様の差異は微差であってその間の類否判断に影響を及ぼさないから、これに言及しなかった審決に違法はない。

(2)  引用意匠の態様の認定について

原告は、引用例は引用意匠の特定に不適切なものであるが、仮にこれによって引用意匠を特定しうるとしても、そのリム部の態様、並びに、ディスク部のハブ部側および透孔の具体的構成態様は全く不明であると主張する。

しかしながら、引用例を精査すれば、引用意匠のリム部が前後に分離するものであり、その前後端縁部を段状の円板状に出張らせた全体が略多段状の短円筒状のものであること、ディスク部が一枚の分厚い円盤であって、そのハブ部側が浮彫状であり、透孔は略菱形状であることを認定しうることは前記のとおりであるから、引用意匠の態様に係る審決の認定に誤りはない。

(3)  差異点の判断について

原告は、自動車用ホイールに係る意匠においてはより細部の差異が全体の美感に影響を与えるから、スポーク部がメッシュ状に構成されていることのみをもって本件意匠は引用意匠に類似するとした審決の判断は誤りであると主張する。

しかしながら、審決は、スポーク部がメッシュ状に構成されていることのみをもって本件意匠は引用意匠に類似すると判断したのではなく、「両意匠を全体として観察」(30頁10行)し、「両意匠はディスク部におけるメッシュ状の具体的態様のみならず、ディスク部の他部との関係において奏するこの詳細な態様の特徴」(31頁6ないし9行)を、意匠の類否を支配的に左右する要部として、両意匠の類否を判断しているのであるから、原告の上記主張は失当である。

この点について、原告は、審決が本件意匠と引用意匠の共通点とした態様(すなわち、スポーク部のメッシュ状の具体的構成態様)において共通している自動車用ホイールの意匠は、数多くのものが相互に非類似であるとして意匠登録がなされているから、自動車用ホイールに係る意匠についてはより細部の差異が意匠全体の美感に影響を与えるものとして類否判断をしなければならないと主張する。

しかしながら、原告が援用する甲号各証のうち、甲第13号証によって示される意匠は登録が無効となったものであるし、甲第6、第7、第10、第11、第22、第25、第29号証によって示される意匠は、それぞれ他の登録意匠の類似意匠であって、別個に登録されているものではない。そして、その他の甲号各証によって示される意匠は、甲第21号証によって示される意匠を除いては、スポーク部の「X」字状の具体的構成態様が本件意匠と著しく異なっており、特に審決が自動車用ホイールの意匠の要部としたディスク部全体の態様においては、いささかの共通点もない。また、上記甲第21号証によって示される意匠は、スポーク部のメッシュ状が本件意匠のそれと共通しているが、ハブ部の外周縁付近の態様は全く相違しているのであって、これらの登録意匠が存在することは、審決の判断に何らの影響も及ぼさない。

なお、前記類似意匠について検討するに、甲第5ないし第7号証、甲第10号証とその本意匠である乙第1号証、甲第11号証とその本意匠である乙第2号証、甲第21、第22号証、甲第24、第25号証、甲第28、第29号証をそれぞれ対比してみると、スポーク部、ハブ部あるいは外周環状枠部等の態様に著しく差異のある意匠が、類似意匠として登録されていることが明らかである。特に、乙第2号証と甲第11号証にみられるスポーク部の態様の差異、甲第24号証と甲第25号証にみられる透孔の態様の差異は、原告主張の本件意匠と引用意匠との差異点より大きな差異というべきである。

また、原告が本件意匠の類似1ないし4として平成6年10月11日に意匠登録を受けた乙第4ないし第7号証にみられる意匠と本件意匠との差異も、原告主張の本件意匠と引用意匠との差異点より著しい。したがって、自動車用ホイールに係る意匠においてはより細部の差異が全体の美感に影響を与えるという原告の主張は、根拠がない。

この点について、原告は、類似意匠の登録要件の存否は類似意匠登録出願の時を基準として判断されるのであるから、本件意匠の登録無効事由の有無を本件意匠とその後に登録された類似意匠との差異をもって論ずることは失当であると主張する。しかしながら、意匠の新規性有無の判断基準となる類似幅は、時の経過によって変化するものではないから、原告の上記主張は失当である。

最後に、原告は、上記のとおり自動車用ホイールに係る意匠においてはより細部の差異が全体の美感に影響を与えるから、差異点に関する審決の判断は誤りであり、特に、本件意匠は、リム部前方の内周縁端付近に数多くのボルトを環状に配設して斬新な美感を出しているのであるから、差異点〈3〉についての審決の判断は明らかに誤りであると主張する。

しかしながら、審決が認定したとおり、「差異点〈1〉、〈2〉については(中略)この差異を格別なものとすることはできず、結局、本件登録意匠はハブ部の中心部における上記ナットの意匠の創作上における常套的な変形の差異に帰するものであって、これらの差異は主としてこの種意匠における構造上の差異に起因する外観上ではそれ程、評価できないものであ」(29頁6行ないし30頁4行)り、「差異点〈3〉も単なる配置間隔に関し、その基調を変更するものでなく(30頁6行、7行)、「差異点〈4〉は極めて局部的である」(28頁17行、18行)とした審決の判断は正当である。特に、差異点〈4〉は、明らかに微視的な部位に関するものであるから、意匠全体の美感に影響を及ぼすことはないというべきであり、また、差異点〈3〉は、ボルトの数の多少にすぎないうえ(数多くのボルトを周囲に配設した自動車用ホイールの意匠は、本件意匠の登録出願前から広く知られていた。)、ボルトなどの固定具はリム部前方の内周縁端付近に沿って等間隔に配設されるものであるが、その内側には、大径広幅環状体(帯)を呈する特徴的なスポーク部が現わされている。したがって、差異点〈3〉は、自動車用ホイールの意匠全体の中において観察すると、要部の共通点に比較して極めて部分的かつ微弱な差異にすぎない。

したがって、「この種意匠においてこれらメッシュ状の構成態様が意匠の類否を支配的に左右する主要部であるから、両者に上記の差異があるにかかわらず、意匠全体として観察するとその共通点がこれを凌駕し、両者は全体として類似する。」(31頁10行ないし14行)とした審決の類否判断に、誤りはない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求原因1(特許庁における手続の経緯)および2(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

1  引用意匠の特定について

原告は、引用例はレーシングカーを見せるための写真であるため、左前輪のタイヤに装着されている自動車用ホイールの意匠を正確に認識させるには不適切なものであって、リム部の表面および裏面の形状が不明であり、ディスク部の正面の形状も明らかでないから、このような引用例に基づいて引用意匠を特定した審決は違法であると主張する。

審決は、本件意匠は、その「意匠登録出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された意匠に類似する意匠」(意匠法3条1項3号)に該当することを理由にその登録を無効とする旨判断したものであるところ、刊行物に記載された意匠が意匠登録の要件としてのいわゆる新規性を判断するための対比資料となり得るためには、当該刊行物に記載された意匠を全体的に観察して、その意匠の主要な部分、少なくとも看者が最も注意を引く意匠の要部を構成する態様が明らかであることを要するが、その構成態様のすべてが当該刊行物に現われていなくとも、その意匠の属する物品の分野において通常の知識経験を有する者であればその態様を想定できる程度に記載されているときは、その意匠は、意匠法3条1項3号にいう「刊行物に記載された意匠」に該当するというべきである。

これを本件についてみると、成立に争いない甲第3号証によれば、引用例は車両を左前方から撮影した1葉の写真であると認められるが、「Equip Mesh」、「エクィプメッシュ」と記載されていることから明らかなように、車両本体ではなく、スポーク部をメッシュ状に構成した自動車用ホイールを主たる被写体として意図した写真であって、その左前輪のタイヤに装着されている自動車用ホイールの構成態様は、かなり明確に認識することができるものである。ただし、タイヤに装着されているため、リム部の態様は、前方(外側)の内周縁端部付近の環状縁を除いて全く認識することができないことは、原告が主張するとおりである。

そこで、まず引用意匠のリム部の態様について検討すると、同号証によれば、引用例に現されている車両は明らかにレーシングカーであり、また、ディスク部をリム部に固定しているボルトなどの固定具が、リム部前方の内周縁端部付近の環状縁に沿って等間隔に配設されていることが認められる。

一方、成立に争いない乙第8号証(日本ロードホイール交流会1988年10月10日発行「自動車用軽合金ホイールの概要」の24、25頁)によれば、自動車用ホイールには1ピース、2ピースおよび3ピースの3タイプがあること、3ピースタイプはアウター(外側)とインナー(内側)に2分割されているリムにディスク部を接合する組立式であって、リムとディスク部を別個に作ることができるために、各部分について異なった素材や製法を用いることが可能であり、デザイン的に自由度が高いうえ軽量化しやすい特徴があることが認められる。

そうすると、引用意匠を表している自動車用ホイールを3ピースタイプのものと推認することには十分な合理性があるというべきであるから、「リム部は前、後に分離」(22頁末行ないし23頁初行)、「リム部がその前後端縁部を段状の円板状に出張らせた全体が略多段状の短円筒状のもの」(23頁17ないし19行)とした審決の引用意匠の特定を誤りということはできない。なお、前掲甲第3号証によれば、引用意匠のスポーク部が透彫によって現わされたものであることは明らかであるから、引用意匠のディスク部を、「全体が略円盤状を呈する」(22頁15行)、「一枚の分厚い円盤」(24頁5、6行)とした審決の特定は、理由がある。

のみならず、自動車用ホイールは、タイヤに装着されると、リム部は前方の内周縁端部付近の環状縁だけを見ることができ、ディスク部は正面だけを見ることができるのはいうまでもない。したがって、自動車用ホイールの意匠のうち取引者需要者が最も注目する要部が、ディスク部正面の具体的構成態様であることは当然であって、「この種意匠の属する分野において、その主たる創作の対象となるのはディスク部であ」るという審決の説示(27頁16ないし18行)は正当である。そうすると、仮に引用意匠のリム部の構成態様およびディスク部の基本的構成態様(全体が一枚の分厚い略円盤状であることは、ディスク部の基本的構成態様というべきである。)についての審決の特定に不十分なところがあるとしても、それが直ちに類否判断の結論に影響を及ぼすことはないというべきである。

また、原告は、引用例のように急角度の斜視図のみでは、ハブ部内側が浮彫か透彫か、透孔が菱形か否かは明らかにできないと主張する。

しかしながら、前掲甲第3号証を子細に検討すれば、引用意匠のハブ部の細幅の外周縁付近に沿って環状にみられる、ディスク部中心から外周側に向けほぼ逆「V」字状を呈する模様は、円盤を透彫して表されたものではなく、窪みであると認められるから、これを「浮彫状」とした審決の特定は正当である。

さらに、同号証によれば、引用意匠のスポーク部にみられる一連の透孔のうち四角形のものは、4辺の長さが等しくなく、ハブ部側の2辺が外周環状枠部側の2辺より短い(したがって、ハブ部側の内角が外周環状枠部側の内角より大きい)変則的な四角形であるが、明らかに左右が対称の四角形と認められる。したがって、これを、変則的という意味も含めて「菱形状」とした審決の特定も正当ということができる。

以上のとおり、引用例は、これを子細に検討すれば、本件意匠の新規性の有無を判断するに足りる程度に引用意匠を特定できるものと認められる。

したがって、引用意匠は、意匠法3条1項3号にいう「刊行物に記載された意匠」に該当し、審決が引用意匠を本件意匠の新規性を判断するための対比資料としたことに何らの違法も存しない。

2  類否判断について

本件意匠及び引用意匠の基本的構成態様及び具体的構成態様が審決の取消事由(2)において原告が主張する点を除いて審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。

原告は、審決は、審決の取消事由(2)において主張する本件意匠及び引用意匠の具体的構成態様についての認定判断を誤った結果、本件意匠は引用意匠に類似すると誤って判断した旨主張するので、以下この点について検討する。

(1)本件意匠の態様の認定について

原告は、本件意匠のスポーク部に表されている「X」字の交差部は特徴のある重複状であるから、これを単なる「X」字と認定するのは妥当でないと主張する。

原告がいう「重複状」の意味は必ずしも明確でないが、成立に争いない甲第2号証および前掲甲第3号証によれば、本件意匠のスポーク部に表されている「X」字状のものが、隣り合う2辺の間がいずれも滑らかな小弧状を呈しているのに対し、引用意匠のスポーク部に表されている「X」字は、隣り合う2辺の間がいずれも鋭角的な陵角を呈していることが認められる。そして、「X」字のうちハブ部に近い2辺の間の態様の差異が、審決が認定した差異点〈4〉(スポーク部の基部の小突略「V」字状の窪みの底部側をやや尖らせたかどうか)にほかならない。

この点を、原告が援用する甲第4ないし第29号証(いずれも成立に争いがない。)によって検討してみると、本件意匠のように、メッシュ状を構成する「X」字の隣り合う2辺の間がいずれも滑らかな小弧状を呈しているものは、甲第8、第13、第14、第16号証、第20ないし第22号証、第27ないし第29号証によって示される意匠にもみることができるから、とり立てて特徴的な構成態様と認めることはできない。

そうすると、「差異点〈4〉は極めて局部的である」(28頁17、18行)とした審決の判断は正当として肯認できるところであり、この判断は、スポーク部に表されている「X」字の、他の隣り合う2辺の間の態様の差異にも妥当するというべきある。したがって、本件意匠のスポーク部が表す態様を「X」字(審決の表現に従えば、「略「X」字」)と特定して、本件意匠の「X」字の交差部の態様と引用意匠のそれとの差異を両意匠の差異点として取り上げず、両意匠の類否判断に際し考慮しなかった審決の認定判断を、誤りとすることはできない。

また、原告は、本件意匠のディスク部に表されている透孔は洋梨形というべきであるから、これを「略角形(三角形状又は菱形状)」とした審決の認定も誤りであると主張する。

確かに、前掲甲第2号証によれば、本件意匠のスポーク部にみられる一連の透孔のうち四角形のものは、4辺の長さが等しくなく、ハブ部側の2辺が外周環状枠部側の2辺より短い変則的な四角形であり、かつ、その内角がいずれも滑らかな小弧状に形成されていることが認められるから、これを「洋梨形」という原告の主張も一理あるが、全体としてみれば「菱形」という概念を大きく逸脱するとまではいえない。一方、前掲甲第3号証によれば、引用意匠にみられる透孔のうち四角形状のものは、内角がいずれも鋭角的な陵角状に形成されている点において本件意匠の態様と異なっていると認められるが、4辺の長さが等しくなく、ハブ部側の2辺が外周環状枠部側の2辺より短いことは前記1のとおりであって、この点は、本件意匠の態様と共通する。そして、四角形のものの内角が、滑らかな小弧状に形成されているか鋭角的な陵角状に形成されているかの差異は、上記の「X」字における隣り合う2辺の間の態様の差異と同程度のものと考えるのが相当である。

したがって、本件意匠のスポーク部にみられる透孔のうち四角形のものを「菱形状」と特定して、本件意匠のスポーク部にみられる透孔のうち四角形のものの態様と引用意匠のそれとの差異を両意匠の差異点として取り上げず、両意匠の類否判断に際し考慮しなかった審決の認定判断も、誤りとすることはできない。

以上の点について、原告は、スポーク部がメッシュ状に構成されている自動車用ホイールにおいては、メッシュの基本をなす直線の交差状態とそれにより作り出される透孔の形状が看者の注意を引く要素の1つであり、本件意匠と引用意匠は、これらの部分の具体的構成態様の差異によって同じメッシュタイプではあるが大きく異なる美感を起こさせるものであると主張する。

しかしながら、スポーク部をメッシュ状に構成したディスク部を有する自動車用ホイールは、一般に、ディスク部がスポークによって構成されていないものはもとより、スポークが太くメッシュ状をなしていないディスク部を有するものに比べても、より軽快でシャープな美感を生ずるといえるが、メッシュの具体的態様におけるより細部の差異は、いわゆる微差の範疇に属し、取引者需要者にみるべき美感の差を与えることはないと考えるのが相当である。そして、前掲甲第2号証と甲第3号証によって、本件意匠と引用意匠のスポーク部の具体的構成態様を全体として観察してみると、両者は、外周環状枠部側の2辺がハブ部側の2辺より長い「X」字状のスポークが環状に整然と並び、その結果として、外周環状枠部側の2辺がハブ部側の2辺より長い菱形状の透孔と、外周環状枠部に接する逆三角形の透孔とが環状に整然と表されている態様において全く共通しており、ただ、本件意匠の「X」字および各透孔が比較的滑らかな線によって表されているのに対し、引用意匠のそれはほとんど直線によって表されている点において相違するにすぎないことが認められる。そして、意匠に係る物品が自動車用ホイールであって、車両の下部に装着されて使用されるものであることを考えると、上記の相違が取引者需要者によって注目されることは少なく、両意匠が起こさせる美感にはほとんど差がないと考えるのが相当であるから、原告の前記主張は採用できない。

(2)引用意匠の態様の認定について

原告は、引用例は引用意匠の特定に不適切なものであるが、仮にこれによって引用意匠を特定しうるとしても、そのリム部の態様、並びに、ディスク部のハブ部側および透孔の具体的態様は全く不明であると主張する。

しかしながら、引用例を精査し、かつ前掲乙第8号証の記載を併せ考えれば、引用意匠のリム部が前後に分離するものであり、その前後端縁部を段状の円板状に出張らせた全体が略多段状の短円筒状のものであること、ディスク部が一枚の分厚い円盤であって、そのハブ部側が浮彫状であり、透孔は菱形状であることを認定しうることは前記1のとおりである。

したがって、引用意匠の態様についての審決の認定に誤りはない。

(3)差異点の判断について

原告は、審決が本件意匠と引用意匠の共通点とした態様(すなわち、スポーク部のメッシュ状の具体的構成態様)において共通している自動車用ホイールの意匠は、前掲甲第4ないし第29号証のとおり、数多くのものが相互に非類似として意匠登録がなされているから、スポーク部がメッシュ状に構成されていることのみをもって本件意匠は引用意匠に類似するとした審決の判断は誤りであると主張する。

しかしながら、審決は、「両意匠を全体として観察」(30頁10行)することによって、「両意匠はディスク部におけるメッシュ状の具体的態様のみならず、ディスク部の他部との関係において奏するこの詳細な態様の特徴をも共通する」(31頁6ないし10行)としたうえ、「意匠全体として観察するとその共通点がこれを凌駕し、両者は全体として類似する。」(同頁13、14行)と判断しているのであるから、審決の類否判断が両意匠のスポーク部がメッシュ状に構成されていることのみを理由としてなされているという原告の主張は失当である。

また、前掲甲第4ないし第29号証によってスポーク部の具体的構成態様を検討してみると、甲第21号証(意匠登録第835660号公報)およびその類似意匠である甲第22号証によって示される意匠を除いては、スポーク部の「X」字状(したがって、これによって現わされる透孔)の態様は、一見して本件意匠のそれと相違していることが認められる(特に、甲第9ないし第11号証、第15、第17、第18号証、第23ないし第26号証、第28号証によって示される意匠のスポーク部を、単なる「X」字状というのは無理である。)。のみならず、これらの甲号各証によって示される自動車用ホイールの意匠は、いずれもハブ部の態様が極めて特徴的であることが認められ、ハブ部をも含めたディスク部を全体として観察すると、それぞれ、本件意匠のディスク部全体とは全く別異の美感を呈しているといわざるをえない。また、上記甲第21、第22号証によって示される意匠(その意匠権者は、原告である。)にみられるスポーク部の「X」字状(したがって、これによって現わされる透孔)の態様は、本件意匠のそれと全く同一と認められるが、ハブ部の外周縁付近の構成は、本件意匠のそれと大きく異なっていると認められる。したがって、以上の登録意匠が存在することを論拠として、自動車用ホイールに係る意匠についてはより細部の差異が意匠全体の美感に影響を与えるという原告の主張は、理由がないというべきである。

この点について、原告は、審決が認定した各差異点は意匠全体を非類似とさせる差異であるから、差異点に関する審決の判断は誤りであり、特に、本件意匠はリム部前方の内周縁端付近に34個ものボルトを環状に配設したことによって斬新な美感を出しているのであるから、差異点〈3〉についての審決の判断は明らかに誤っていると主張する。

しかしながら、差異点〈1〉および〈2〉はともにハブ部の態様に係るものであるが、前掲甲第2号証(特に、「正面及び左側面方向からみた斜視図」)によれば、審決が説示するとおり、「本件登録意匠のものは(中略)疑似センターロック方式のもので、差異点〈1〉、〈2〉については本件登録意匠が引用意匠Ⅲのレーシングカーに装着されるセンターロック方式とは異なる構造に由来する」(審決29頁4ないし9行)ことが明らかに認められる。したがって、「自動車ホイールにおいてこのどの方式にするかはその使用(走行)目的により選択されるのが一般的であるが、センターキャップは着脱容易でそれ自体自由に取り替え可能であり、自動車ホイールの意匠としては副次的な部分であり、そして、本件登録意匠のセンターキャップは袋ナットに類する形態であって、その出願当時以前においてすでに周知の態様のものであるから新規性がなく、この差異を格別なものとすることはできず、結局、本件登録意匠はハブ部の中心部における上記ナットの意匠の創作上における常套的な変形の差異に帰するものであって、これらの差異は主としてこの種意匠における構造上の差異に起因する外観上ではそれ程、評価できないものである」(29頁10行ないし30頁4行)とした審決の判断は、正当として肯認することができる。

また、差異点〈4〉が極めて局部的であって、自動車用ホイールの意匠全体の類否判断を左右するものでないことは、前記(1)のとおりである。

さらに、差異点〈3〉について考えるに、自動車用ホイールのディスク部にみられるボルトなどの固定具は、ディスク部をリム部に固定するための手段として配設されるものであって、自動車用ホイールがタイヤに装着されると、リム部前方(アウター)の内周縁端付近に沿って等間隔の環状に見えるものである。しかし、その内側には、本件意匠においても引用意匠においても、大径広幅環状(帯)を呈する特徴的なスポーク部が表されているのであるから、ボルトなどの配置間隔の大小(したがって、ボルトなどの数の多少)は、自動車用ホイールの意匠全体の中では、いわば副次的な部分とみるべきであり、取引者需要者によって余り注目されないと考えるのが相当である。したがって、差異点〈3〉は「単なる配置間隔に関しその基調を変更するものではなく(中略)この種意匠の普通の変形の範囲に該当し微弱なものである。」(30頁6ないし9行)とした審決の判断は、是認できるところである。

よって、各差異点についての審決の判断にも、誤りを見出だすことはできない。

第3  以上のとおりであるから、本件意匠は意匠法3条1項3号の規定に該当し、その登録を取り消すべきものとした審決の認定判断は正当である。

よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担および上告のための附加期間の付与につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 持本健司)

昭和62年審判第9387号

審決

奈良市杉ケ町35番地

請求人 株式会社 クリムソン

東京都港区赤坂1-4-10 荒川ビル 水野特許事務所

代理人弁理士 横山浩治

東京都港区1丁目4-10 荒川ビル2F 水野特許事務所

代理人弁理士 水野尚

ドイツ連邦共和国 シルタツハ ヴエルシユドルフ220

被請求人 ベーベーエスクラフトフアールツオイグテクニクイクチエンケゼルシフト

大阪府大阪市北区神山町8番1号 梅田辰巳ビル

代理人弁理士 鈴江孝一

大阪府大阪市北区神山町8番1号 梅田辰己ビル 鈴江孝一特許事務所

代理人弁理士 鈴江正二

上記当事者間の登録第677072号意匠「自動車用ホイール」の登録無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

登録第 677072号意匠の登録を無効とする。

審判費用は、被請求人の負担とする。

理由

第一 請求人の申立及び理由

1. 請求人は、結論同旨の審決を求めると申し立て、その理由として要旨次のように主張した。

(1) 本件登録第677072号意匠(以下、

「本件登録意匠」という)は、優先権主張の基礎とする第1図の登録出願前に、日本国内において頒布された刊行物に記載された意匠(以下、「引用意匠」という)に類似するものであり、且つ、その意匠の属する分野における通常の知識を有するものが、容易に創作することができた意匠でもあるから、その意匠登録が意匠法第3条の規定に違反してなされたものであって、その登録は無効とされるべきである。

(2) 引用意匠Ⅰ、Ⅱ、及びⅢとその類似性並びに創作容易性

(a) 引用意匠との類否

〈1〉 引用意匠Ⅰは、甲第1号証の1、2、3に示された意匠であり、〈2〉引用意匠Ⅱは、甲第2号証の1、2、3、に示された意匠であり、引用意匠Ⅲは、甲第10号証の1、2、3、に示された意匠であるが、本件登録意匠と、これら各引用意匠Ⅰ、Ⅱ、Ⅲに見られる差異は、何れも部分的であり、且つ軽微であって、夫々が全体の印象に与えるところは微弱であり、これ等差異点総てが相俟った効果を勘案してみても、基本的な構成態様を始めとし、意匠上の要部を含む具体的な構成態様に於ける多くの共通点から受ける、極めて強い類同の感を打破する程のものでは無く、両意匠を全体として観察した場合、明らかに類似するものである。

(b) 本件登録意匠は、これら引用意匠から当業者が容易に創作することが出来た意匠でもある。

(3) 答弁に対する弁駁

(a) 本件登録意匠のセンターキャップについて、公知のものの中から単に選択したまでのものであって(乙第1号証)、自動車ホイールの創作として評価し得るところではなく、然かも、甲第11号証によれば、センターキャップは需要者の好みで選択する制度がある。

(b) 引用意匠に乙第1号証のセンターキャップを取り付けた状態を想定すれば、本件登録意匠と略同一である。

(c) 甲第11号証の立証の趣旨は、この種の意匠の属する分野において、センターキャップは、当該ホイール専用の一種類のみが用いられるものではなく、他の構成態様のセンターキャップを選択使用する商慣行があることを立証するものであって、新規性についての証拠として提出したものではない。(甲第12号証の件外昭和62年(ワ)16619号事件参照)

(d) 又、ホイールの構造(センターカバーの有無)に関係なく公知、周知の形態をその部位に現すこと(甲第2号証、甲第13号証乃至甲第15号証参照)は、商慣行として通常行われているものであり、ホイールの創作としては二義的と言うほかないものである。

(e) 被請求人は、本件登録意匠のセンターキャップの形態について、特徴ある旨主張しているが、この形態は、本件登録意匠の出願前から極めて広く知られた形態で、周知形態である。

(f) 仮に、構造的(ハブ部にセンターカバーを設けるか否か)には相違しているものであったとしても、ホイールに何れの構造を採用するか否かに拘わらず、ハブ部に取り付けるセンターキャップの外観を略同一とすることは、この種の意匠の属する分野において、普通に行われていること(甲第2号証、甲第13号証乃至甲第15号証参照)である。そこには何等の新規性も創作性もなく、引用意匠の該部における差異は、微差と判断するのが相当であり、類否判断の要素としては微弱であるというほかないものである。

(g) 意匠法3条2項にいう「広く知られた」の意味は、国民普く知っていることを要請しているのでは無く、その前段の「属する分野における通常の知識を有する者が」が被るものであるから、当業者間で広く知られていれば充分であって、甲第1号証のカタログに掲載された意匠等は、当業界で意匠創作をする平均的な知識を有する者(甲第3号証乃至同第7号証)であるならば、先行デザイン情報として充分承知していたものであることに疑いの余地は全く存しないものである。(尚、これらの先行デザイン情報によれば、被請求人が答弁書第3頁上段で本件登録意匠について主張している、「センターカバーとセンターキャップの独特な組み合わせ構成」とか、同第6頁19行目から次頁1行目で「最も独創性を発揮している部分であるハブ部の形態、センターカバーの形態、センターキャップの形態、スポーク部の形態」などと称している点は、殊更例示する迄もなく広く知られている構成態様である。)創作容易の点についても、先行意匠に加えられ、又は除去する等の変更行為が、当業界で通常行われる範囲のものであれば、創作容易と解す可き(甲第8号証)であって、本件登録意匠を引用意匠と対比すれば、その創作容易性についても多言を要さないものである。

(h) 結局、本件登録意匠は甲第1号証、甲第2号証、甲第10号証、甲第13号証乃至甲第15号証に示された各形態(意匠)に基づいて、容易に意匠の創作をすることが出来た意匠である。

2. 証拠関係

甲第1号証の1、2、3(’82輸入国産CAR用品最新カタログ)、甲第2号証の1、2、3(’82輸入国産CAR用品最新カタログ)、甲第3号証の1、2、3(「意匠」高田著)、甲第4号証の1、2、3、4(「意匠法」斎藤著)、甲第5号証1、2、3(「特許法概説」吉藤著)、甲第6号証の1、2、3(「意匠法実務提要」)、甲第7号証の1、2、3(「意匠法要説」加藤著)、甲第8号証の1、2、3(「意匠法」斉藤著)、甲第9号証の1、2、3、4(前同)、甲第10号証の1、2、3(「auto technic」1980.12)、甲第11号証の1、2、3(「The Chic」カタログ)、甲第12号証昭和62年(ワ)第16619号損害賠償等請求事件)、甲第13号証の1、2(「auto motor und sport」 29.Dezember 1982)(甲第14号証の1、2(「auto motor und sport」 29.Juni 1983)、及び甲第15号証の1乃至6(「自動車用軽合金ホイールの概要」1988年10月10日発行)。

第二 被請求入の答弁

1. 被請求人は、「本件審判請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。」との審決を求めると答弁しその理由として要旨下記のように述べ、立証のため乙第1号証(BBSカタログ)を提出した。

(1) 引用意匠Ⅰとの類否及び創作容易性について

(a) 本件登録意匠と引用意匠Ⅰとは、〈1〉ハブ部の態様を著しく異にし、〈2〉ハブ部回りについても相違があり、〈3〉スポーク部の形態もかなり異なっており、〈4〉リム部の内周側端部に表われているフランジ付きボルト若しくはナットの配列数が異なり、両者に別異の審美感を呈し到底類似するものではない。なかでも、本件登録意匠はセンターカバーを取り外した状態では意匠法の物品として成立し得ないものであって、意匠としても完成し得ないものであるから、この部分を軽視した類否判断はなされるべきではない。

(b) 本件登録意匠の創作容易性について、引用意匠Ⅰの周知性を何ら立証していないばかりか、本件登録意匠が引用意匠に基づいて創作容易であったことの客観的根拠を示しておらず、請求人の主張は不当である。

(2) 引用意匠Ⅱとの類否と創作容易性について(a) 本件登録意匠と引用意匠とは

〈1〉 ハブ部及びハブ周辺部の態様において、本件登録意匠には、ハブ部にスポーク盤と分離された状態で幅広且つ平滑な真円状のドーナツ盤形センターカバーが施されているのに、引用意匠には施されて無い。本件登録意匠には、センターカバーの外周にかなり目立つ複数の凹陥三角形状平坦面が放射状に配列されてあるのに、引用意匠Ⅱには頂点を外側にして放射状に配列された複数の平坦状三角形区画の内周に僅かに凹状の円形平坦面が一体で施されているにすぎない。

〈2〉 スポーク盤の形態において、本件登録意匠はX状スポークを放射状に配列させ、環状リム部寄りに表わされる三角形状透孔とハブ寄りに表される凹陥三角形状平坦面及び各X状スポークの隣接空間に表される僅かに下膨れの菱形透孔を特徴として構成されているのに、引用意匠は、スポーク部においてリム寄りの三角形状透孔と、ハブ寄りの小菱形透孔と、各X状スポークの隣接空間に表われる下膨れの菱形透孔が特徴である。

以上のごとく、両者はホイールを構成する各部の態様において顕著な差異が存するものである。

(b) 本件登録意匠の創作容易性について、先項(1)の(b)と同様、引用意匠の周知性及び本件登録意匠の周知性及び創作容易であることの客観的根拠が示されていない。

(3) 引用意匠Ⅲとの類否と創作容易性について(a) 本件登録意匠と引用意匠とは

〈1〉 引用意匠Ⅲにおいては、センターカバーはなく、またセンターキャップも存在しない。引用意匠Ⅲは、いわゆるセンターロックシステムを採用しているものであり、従ってセンター部は、ディスク盤(スポーク盤)より凹陥状となっているセンターディスクに、円形台座の略1/3の構成比率の小さな六角ナットを組み合わせた、いわゆるカラーナットを嵌込んでいるものである。従って、両者は、センター部の態様を著しく異にするものであり、一見して異別な意匠であると看取させるものである。

〈2〉 さらに注目すべき相異点として、本件登録意匠にはドーナツ盤状のセンターカバーがディスク盤(スポーク盤)と分離されて存在しており、ドーナツ盤の外周に細線が表われ、その細線に沿ってX状スポークの内側の丸みを帯びた小三角形状区画である凹陥平坦面が環状に配列されていて、ディスク盤と分離されたドーナツ盤状のセンターカバーを顕著に表しているのに対し(これを図示すれば「〈省略〉」状、引用意匠Ⅲにはドーナツ盤状のセンターカバーもなく、ディスク盤との分離線(細線)もなく、ただ単に「〈省略〉」状としてディスク盤の一部分が表われるにすぎない。従って、両者はこの部分においても顕著な差異がある。

〈3〉 さらに際立つ相違点として、リム部内方環状部に表われるリムボルトの形態が挙げられる。本件登録意匠の場合には、偏平円柱状の上面を凹陥して下方に円盤状の縁を有するリムと同じ銀色の小さなフランジ付きボルトを34個密に環状に配列させて細かい環状の豪華なボルト配列美を醸し出しているのに対し、引用意匠Ⅲの場合には、リムと異なる黒色をした大きなボルトを相当距離をあけながら疎の状態で、10個配列させているもので、質素ではありながらも重厚な感じを与えているものである。従って、両者のリムボルト部から受ける印象には共通性はない。

〈4〉 両意匠には、その外にも、ディスク盤のX状スポークの形や傾斜角度、X状スポークで表われる開孔部の態様(特にX状スポークの外方開孔と両側の開孔部の大きさの比率)、リムの全体形状、リムとディスク盤とセンター部の構成比率、等において顕著な差異が認められるものであり、これらを総合して全体的に観察した場合、両意匠は、全体印象を著しく相違しているものであり、到底類似するものではない。

(b) 創作容易性について、請求人の提示する甲各号証は別個の個性ある意匠を示すにすぎず、周知形状を示すものでもない。また、何故に本件登録意匠が引用意匠から創作容易であるかについての客観的根拠を示していない。

(4) 弁駁に対する答弁

(a) 請求人の提示する甲第11号証は、その発行年月日、頒布年月日、発行元がいずれも不明であって本件登録意匠の新規性を判断するに当っての証拠資料とはなり得ない。そして、甲第11号証の2に示されているものは、同一メーカーの同じタイプのホイールにおけるセンターキャップの色の選択を可能にしたものにすぎず、形状の異なるセンターキャップの選択を可能にしたものではない。引用意匠Ⅲのホイールと乙第1号証のホイールは異なるタイプのものであり且つ構造が全く異なるためセンターキャップの互換は不可能である。従って、請求人の仮想上の主張は意味がない。そもそも、センターキャップというのは、ホイールの重要な構成要素の1つであって、全体とのバランスなどを考慮してその大きさや形状などが決められるものであり、仮にそれが公知のものであっても全体とのバランスで看者の注意を誘発するような場合には、意匠的評価が十分なされるべきである。請求人の今回の主張はあまりに概念的であり、両者の具体的構成態様での差異並びにこれら差異からもたらされる全体感の相違を無視した理由のないものである。

甲第11号証が本件登録意匠の出願前に発行されたものではないのでそのような商慣行が本件登録意匠の出願前にあったことの立証にはならず、従って、甲第11号証は何ら意味がない。

意匠法第3条に規定の新規性及び創作性は意匠登録出願の時を基準として判断されるものであるから請求人がそのような商慣行の存在を主張するのであれば、少なくとも本件登録意匠の出願前にあったことを立証することが肝要である。

(b) 引用意匠Ⅲは、いわゆるセンターロックシステムを採用したレーシング用のホイールであって、センターディスクにはセンターキャップを用いずカラーナットを嵌め込んでいる。従って、引用意匠はカラーナットを嵌め込んだ態様の意匠として特定されるべきものであって、これに他のタイプの異なるホイールの意匠の要素として採択されているセンターキャップを仮想上取り付けこれと本件登録意匠とを対比させて意匠の類否を論じることは許されない。本件登録意匠はリム、ディスク盤、センターカバー、センターキャップなどの各形態のものが一体となりひとつのまとまりを形成しそれが新規な特異形態となって独特の審美性を発揮しているものである。

第三 当審の判断

1. 本件登録意匠

(1) 本件登録意匠は、昭和58年(西暦1983年)7月21日ドイツ連邦共和国においてした工業的意匠の国際寄託に関するヘーグ協定出願に基づきパリ条約第4条により優先権を主張して、昭和59年1月20日に登録出願をし、同61年1月31日に登録されたものであってその意匠は、別紙第一に示す物品「自動車用ホイール」の構成態様からなる下記のとおりであることが、本願登録意匠の原簿友び出願書面より認められる。

(2) 本件登録意匠は「自動車用ホイール」(自動車用タイヤを除いた部分、但し、「センターキャップ」を装着したものである。以下「ホイール」という。)の構成態様の創作に関するものであるところ、その要旨は、次のとおりである。

(A) 先ず、全体の基本的態様について検討する。

(a) 本件登録意匠に係る物品「自動車用ホイール」の構成の概要は、その外周付近の「外輪部」すなわちタイヤを装着する略円筒体を呈するリム部と、その内側に固着された「内輪部」すなわち全体が略円盤状を呈するディスク部(自動車の車軸に取り付ける部分の「ハブ部」とその外周にスポーク(車輪の軸)に相当する部分(以下「スポーク部」という)を結合したもの)からなるが、本件登録意匠のリム部はフロント(前方)リム部とリヤー(後方)リム部とに分かれており、さらにディスク部はその外周縁端付近(外周環状枠部)を前記前方及び後方のリム部において小さなボルト等の固定具によって固定されており、そしてディスク部のハブ部の中心付近には「センターキャップ」を配している。

(b) 次に、上述のハブ部における基本的構成態様の構造上の構成について検討すると、その中心部において自動車の車軸(若しくはこれに代わるアダプターの)挿通用の円孔を貫通し、その周辺の広幅環状の部分を裏側(取り付け側)に窪ませて小径環状中窪状(段状)部を形成し(添付図面の「背面図」並びに「背面及び左側面方面からみた斜視図」参照)、該部には車軸側フランジ部に固定するべくハブボルト用小孔を計5個設けているが、しかしその環状中窪状部の表面側は、センターキャップを除きその周縁の環状中窪状部の全体をドーナツ状カバー(以下「ハブ部カバー」という)で覆い、その中心部においてセンターキャップを装着することにより固定し、いわゆる「センターロック方式]に表したもの(以下「疑似センターロック方式」という)である(添付図面の「正面図」並びに「正面及び左側面方面からみた斜視図」参照)。

(B) そこで、これら各部の具体的構成態様について検討する。

(a) リム部がその前後端縁部を段状の円板状に出張らせた全体が略多段状の短円筒状のものである。なお、ボルト等の固定具は後述のとおりである。

(b) 一方、ディスク部の全体の具体的構成態様についてみると、これらは外観上次のとおりである。

ディスク部全体はハブ部、スポーク部及び外周環状枠部よりなり、このディスク部はハブ部のセンターキャップ部を除き(外観上)一枚の分厚い円盤において、その広幅の外周寄り付近一帯に、ハブ部側より外周環状枠部側にかけて、浮彫状から透彫状に至る態様(手段による)に一定の規則性をもって繰り返す多数の略角形(三角形状又は菱形状)透孔を一連に設け、該部について(「地」と「図」の関係も働き)、この透孔の部分を主体に全体に略「X字並び」の大径広幅環状体(帯)を呈する骨格のスポーク部に現したものであり、なお、ボルト等の固定具はリム部前方の内周縁端部付近の環状縁に沿って等間隔で幅狭に配されている。

(C) 具体的態様についてさらに詳細には次のとおりである。

〈1〉 センターキャップ部は、いわゆる大径の袋ナット状のものであって、周側は螺着側(底部)に円座部を残し、その他を正六角形状とし、頂部は周縁のやや内側から浅い平坦な円形中凹状としたもので、該部は、ディスク部の中心部周辺のハブ表面(上述の広幅ドーナツ盤状のハブ部カバー体)から明確に分離できる程度に(ハブ部カバー体を装着するべく表面から)固着され、ハブ部の車軸挿通用円孔の表面を覆っている。

〈2〉 センターキャップ部を除いたディスク部は平板なドーナツ盤状のハブ部における細幅の外周縁付近(中窪状部を除くハブ部カバーの外縁部)から広幅環状のスポーク部の全体において、浮彫状から透彫状の彫りの深い態様へと略「X字並び」の骨格を呈する環体状に現したものであって、それは該ハブ部の細幅の外周縁付近に沿って外周側に向かって小突の略逆「V」字状(三角形状)繋ぎの小さな窪みを(縁端内側に)環状並列に設けて、ハブ部の細幅の外周縁端付近の外周を一連の小突略逆「V」字状の太い隆起線状を浮彫状に現し、その小突略逆「V」字状の(先端部を除く)外側からその先尖部を交叉状に経由して反対側のスポーク部に延伸してディスク部周縁端部側にも前記隆起線状部に対応した斜行線状を現すように、スポーク骨部を残し、その余の部分を削除して、先の小突略逆「V」字状の隆起線状部とともに全体として略「X字並び」状で該部を奥行のある骨格を呈するように透彫状にして現し、これらのドーナツ盤状のハブ部の細幅の外周縁端付近の浮彫状部がスポーク状部の基部とし、広幅環状のスポーク部の透彫状部に現された奥行きのある斜状骨格部とが有機的に結合されてこれらが一体に融合し、統一あるメッシュ状に現された結果、スポーク部の広幅環状部が、この内側のハブ部の平坦な部分(ハブ部カバー)を基盤としてその外周縁の既述の小突略逆「V」字状の浅い窪部を基部として次第に彫の深い顕在化したスポーク部の骨格、すなわち略「X字並び」状のメッシュ型スポーク自体が、維持せられ、該部が基部から生え出るように形成され、したがって、ディスク部全体として強固な基部をもつ、略「X字並び」の明快な支えの骨格、すなわちスポークを配した態様を呈する。

なお、ボルト等の固定具はリム部前方の内周縁端付近の環状に沿ってスポークの骨格部X字繋ぎ部の頂点と、その間に当たる部分に各一個づつ配している。

2. 引用意匠Ⅲ(甲第10号証の一乃至三の示す意匠)

(1) 真正に成立する甲第10号証の一乃至三によれば、引用意匠Ⅲは、株式会社山海堂が昭和55年11月1日に発行した国内雑誌「auto technic」1980年11月号所載 第3頁の最上段の写真版によって現された、レーシングカーに装着されている自動車ホイールに係るものであって、当該雑誌の所載頁の写真版によれば、その意匠の要旨は、別紙第二に示す物品「自動車ホイール」の構成態様からなる次のとおりのものである。

(2) 引用意匠Ⅲは、「自動車用ホイール」(自動車用タイヤを除いた部分、但し、引用意匠Ⅲは台座とロックナットにより車に装着されたものである。以下「ホイール」という。)の構成態様の創作に関するものであるところ、その要旨は、次のとおりである。

(A) 先ず、全体の基本的態様について検討する。

(a) 引用意匠Ⅲに係る「自動車用ホイール」の構成の概要は、その外周付近の「外輪部」すなわちタイヤを装着する略円筒体を呈するリム部と、そしてその内側に固着された「内輪部」、すなわち全体が略円盤状を呈するディスク部(自動車の車軸に取り付ける部分の「ハブ部」さらにその外周のスポーク(車輪の輻)に相当する部分(以下「スポーク部」という)」を結合したもの)からなる。なお、ディスク部はその外周縁端部付近(外周環状枠部)を前記リム部の内側(リム部は前、後に分離)にかけて小さなボルト等の固定具によって固定されており、そして、ディスク部のハブ部の中心付近には「センターロックナット」を配している。

(b) 次に、上述のハブ部の構造上の構成について検討すると、その中心部において自動車の車軸(若しくはこれに代わるアダプターの)挿通用の円孔を貫通し、その周辺の小幅環状の部分を削り込むよう(取付側)に窪ませて小径環状中窪状(段状)部を形成、該部には車軸に固定する座部(明調子)を配し、その中心部を貫通する車軸にロックナットを装着することによりハブ部の中心で全体を固着した、いわゆるセンターロック方式である。

(B) そこで、これら各部の具体的構成態様について検討する。

(a) リム部がその前後端縁部を段状の円板状に出張らせた全体が略多段状の短円筒状のものである。なお、ボルト等の固定具は後述のとおりである。

(b) 一方、ディスク部の全体の具体的構成態様についてみると、これらは外観上次のとおりである。

ディスク部全体はハブ部、スポーク部及び外周環状枠部よりなり、このディスク部は一枚の分厚い円盤において、その広幅の外周寄り付近一帯に、ハブ部側より外周環状枠部側にかけて、浮彫状から透彫状に至る態様(手段による)に一定の規則性をもって繰り返す多数の略角形(三角形状又は菱形状)透孔を一連に設け、該部について(「地」と「図」の関係も働き)、この透孔の部分を主体に全体に略「X字並び」の大径広幅環状体(帯)を呈する骨格のスポーク部に現したものであり、なお、ボルト等の固定具はリム部前方の内周縁端部付近の環状縁に沿って等間隔で幅狭に配されている。

(C) これらの具体的態様について、さらに詳細には次のとおりである。

〈1〉 センターロック部は、ハブ部の車軸挿通用円孔に挿通された車軸側ボルトに別体の座部(座金)を配して小径の六角ナットによって螺着されており、これらの該部は、ディスク部の中心部周辺の広幅ハブ部において明確に分離できる程度に固着され、ハブ部の挿通車軸ボルトに螺着されている。

〈2〉 センターロックナット部を除いたディスク部は平板なドーナツ盤状のハブ部における外周縁付近から広幅環状のスポーク部の全体において、浮彫状から透彫状の彫りの深い態様へと略「X字並び」の骨格を呈する環体状に現したものであって、それは該ハブ部の細幅の外周縁付近に沿って外周側に向かってに小突の略逆「V」字状(底部側をやや尖らせた[三角形状])の小さな窪みを(縁端内側に)環状並列に設けて、ハブ部の細幅の外周縁端付近を一連の小突略逆「V」字状の太い隆起線状を浮彫状に現し、その小突略逆「V」字状の(先尖部を除く)外側からその先尖部を交叉状に経由して反対側のスポーク部に延伸してディスク部周縁端部側にも前記隆起線状部に対応した斜行線状を現すように、スポーク骨部を残し、その余の部分を削除して、先の小突略逆「V」字状の隆起線状部とともに全体として略「X字並び」状で該部を奥行のある骨格を呈するように透彫状にして現し、これらのドーナツ盤状のハブ部の外周縁端付近の浮彫状部がスポーク状部の基部とし、広幅環状のスポーク状部の浮彫状部に現された奥行きのある斜状骨格部とが有機的に結合されてこれらが一体に融合し、統一あるメッシュ状に現された結果、スポーク状部の広幅環状部が、この内側のハブ部の平坦な部分(センターロック部を除く)を基盤としてその外周縁の既述の小突略逆「V」字状の浅い窪部を基部として次第に彫の深い顕在化したスポーク状部の骨格、すなわち略「X字並び」状のメッシュ型スポーク自体が、維持せられ、該部が基部から生え出るように形成され、したがって、ディスク部全体として強固な基部をもつ、略「X字並び」の明快な支えの骨格、すなわちスポークを配した態様を呈する。

なお、ボルト等の固定具はリム部前方の内周縁端付近の環状に沿ってスポークの骨格部のX字繋ぎ部の頂点の二つ置きに各一個づつ配している。

3. 本件登録意匠と引用意匠Ⅲとの比較検討

(1) 本件登録意匠と引用意匠Ⅲを比較すると、両意匠は〈1〉ハブ部カバーの有無、〈2〉ハブ部分の中心付近の態様の差異、すなわち、前者がセンターキャップにより該部をまとめて表しているのに、後者は該部の環状凹状部分に突出した車軸側ボルトに座部とナットにより螺着し、その構造を直接表している点、〈3〉ボルト等の固定具の配置間隔の大小、〈4〉スポーク部の基部の小突略「V」字状の窪みの底部側をやや尖らせたかどうかにおいて差異があるが、他は共通する

(2) これらの差異点及び共通点を意匠全体として総合的に観察する。

本件登録意匠は、タイヤを装着する略円筒体を呈するリム部と、その内側に固着されたディスク部から構成されているが、一般にこの種意匠の属する分野において、その主たる創作の対象となるのはディスク部であり、そのディスク部について本件登録意匠のものは、ハブ部とその外周のスポーク部とからなる、いわゆるメッシュタイプのもので、この場合メッシュ状の態様が意匠の主題となる(昭和63年審判第16816号、第26乃至27頁参照)。

そこで、本件登録意匠のメッシュ状を全体としてみると、ディスク部の広幅の外周寄り付近一帯に、ハブ部側より外周環状枠部側にかけて、浮彫状から透彫状に至る態様(手段による)に一定の規則性をもって繰り返す多数の略角形(三角形状又は菱形状)透孔を一連に設け、該部について(「地」と「図」の関係も働き)、この透孔の部分を主体に全体に略「X字並び」の大径広幅環状体(帯)を呈する骨格のスポーク部に現した具体的態様がその特徴といえ、この点は引用意匠Ⅲの態様と軌を一にし上記認定のとり共通する。

さらにその詳細な態様においても、引用意匠Ⅲとは前記差異点〈4〉として指摘した部分を除いては同様の態様を呈するものであるが、その差異点〈4〉は極めて局部的であるから、両意匠の特徴は略一致すると言うことができる。

そこで、その他の両意匠の差異点について検討する。

引用意匠Ⅲのものはレーシング用としてハブ部の構造はハブ穴部(センターキャップ部に相当)に直接に車軸を軸着したものであるのに対し、本件登録意匠のものは前記認定のとおり疑似センターロック方式のもので、差異点〈1〉、〈2〉については本件登録意匠が引用意匠Ⅲのレーシングカーに装着されるセンターロック方式とは異なる構造に由来するものであると認められる。

ところで、自動車ホイールにおいてこのどの方式にするかはその使用(走行)目的により選択されるのが一般的であるが、センターキャップは着脱容易でそれ自体自由に取り替え可能であり、自動車ホイール自体の意匠としては副次的な部分であり、そして、本件登録意匠のセンターキャップは袋ナットに類する形態であつて、その出願当時以前においてすでに周知の態様のものであるから新規性がなく、この差異を格別なものとすることはできず、結局、本件登録意匠はハブ部の中心部における上記ナットの意匠の創作上における常套的な変形の差異に帰するものであつて、これらの差異は主としてこの種意匠における構造上の差異に起因する外観上ではそれ程、評価できないものである(東京高裁判決平成4年(ラ)第19号言渡日平成4年9月8日)。

差異点〈3〉も単なる配置間隔に関しその基調を変更するものではなく、いづれの差異も局部的でまたこの種意匠の普通の変形の範囲に該当し微弱なものである。

したがって、これら両意匠を全体として観察すれば、両意匠はいづれも前記認定のとおり、ディスク部において、ドーナツ盤状のハブ部の細幅の外周縁端付近の浮彫状部がスポーク状部の基部となり、これと広幅環状のスポーク部の透彫状部に現された奥行きのある斜状骨格部とが有機的に結合されて一体に融合し、統一あるメッシュ状に現された結果、スポーク部としての広幅環状部が、この内側のハブ部の平坦な部分(ハブ部カバー)を基盤としてその外周縁の既述の小突略逆「V」字状の浅い窪部を基部として次第に彫の深い顕在化したスポーク部の骨格、すなわち略「X字並び」状のメッシュ型スポーク自体が、維持せられ、該部が基部から生え出るように形成され、したがって、ディスク部全体として強固な基部をもつ、略「X字並び」の明快な支えの骨格、すなわちスポークを配した態様を呈するものであって、両意匠はディスク部におけるメッシュ状の具体的態様のみならず、ディスク部の他部との関係において奏するこの詳細な態様の特徴をも共有するものであり、この種意匠においてこれらメッシュ状の構成態様が意匠の類否を支配的に左右する主要部であるから、両者に上記の差異があるにかかわらず、意匠全体として観察するとその共通点がこれを凌駕し、両者は全体として類似する。

以上のとおりであって、本件登録意匠はその出願前に頒布された刊行物に類似するものであるから、意匠法3条1項3号に該当し、同法同条1項に該当するにかかわらず、誤って登録されたものであるから、その登録を取り消すものとする。

なお、当事者において他に述べるところもあるが、審決をするに影響がないので言及しない。

よって、結論のとおり審決する。

平成7年1月23日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

被請求人 のため出訴期間として90日を附加する。

別紙第一 本件登録意匠

〈省略〉

別紙第二

〈省略〉

〈省略〉

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